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Interpretation覚書

いよいよ親子観察会も応募を締め切り、たくさんのご応募の中から厳正かつ公平な抽選が行われました。

本番に向け、準備も大詰めを迎えております。

東京の桜は満開を過ぎ、春本番も間近ですね。
山笑う季節。歩いているだけでも心が躍ります。

仕事(本業です)に研修・準備と、なにやら形ばかりバタバタしています。
自慢ではありませんが、忙しいフリをするのは得意です(笑)。

今回は、研修のまとめも兼ねてインタープリテーションに触れてみたいと思います。

インタープリターというと、何か博識で色々と教えてくれるというイメージがあります。
実際、ものすごく詳しい様々な専門の方がいらっしゃいます。
観察会をやる以上、知識は最低限必要な資質であるといえます。

その知識を余すことなく参加者の方(対象)に伝えるのが、指導者の役割である。

実は、そこまでは求められないのが事実です。
むしろ、教える事は必ずしもインタープリテーションではないとも言われます。

何故でしょうか?

その答えは、その時々の対象によって違うのだと思います。
結局のところ、参加者にも様々な動機があります。

名前を知りたいのか、興味は花か・虫か・木なのか、それともただ自然に親しみたいのか。
興味・関心はもとより、参加のモチベーションにも差がありますし、また何をどこまでお知りなのかもわかりません。
私などより遥かに詳しい方は、それこそ山のようにいらっしゃいます。

要は、ニーズは千差万別であり、のどが渇いた人にクッキーを勧めたところでしょうがないのです。

では、何を伝えれば良いのでしょうか。
その「思い」は、それぞれのインタープリターの中にあります。

確かに、対象のニーズは十人十色。切り口はいくらでもあるでしょう。
ですが、その切り口から何を覗かせたいのかは導き方しだいで変わります。

そもそも、インタープリターとは通訳者というような意味を持ちます。
自然のよき理解者であり、その魅力を・大切さを“自分の言葉”に置き換えて伝える事が、望ましい姿とされています。
もしかすると、それは参加者の言葉になるのかもしれません。

対象の興味から、気付きを通じて思いを伝える。

そのためのアクティビティー(※)やテクニックは多々ありますが、いかに多くの自分の「言葉」を持ち、臨機応変にその「場」へ織り込めるのかにかかってくるような気がします。
(※アクティビティー…観察やゲーム等、イベント中に行われる個々の体験活動。)

そして、必要な知識は学び、伝えたい思いを常に磨き続けることが必要なのでしょう。

人と森とのつながり、文化や産業、悠久の時間、生態系の織り成す幾何学模様…
あまりにも多くの事を、自然は語りかけてきます。

「森の囁きをお届けします。」

そんな「インタープリター」になれるよう、学ばなければならない事が山のようにあります。

応援よろしくお願いします!!  

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