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2011年5月

生物多様性の日

今日は「国際生物多様性の日」(International Day for Biological Diversity)。

国連の提唱する国際デーの1つで、1993年(平成5年)、地球上の生物の多様性の保全などを目的とした「生物の多様性に関する条約」が発効したことを記念して設けられました。

生物との共存とその多種多様な利用による恩恵が、絶滅により失われる事を危惧する事に始まり、希少種の取引規制や特定地域の生物種保護を行なう事を取り決めたものです。

キーワードは、「生物資源の持続可能な利用」。

条約の目的として、以下の3点が挙げられています。

(1) 生物多様性の保全

(2) 生物多様性の構成要素の持続可能な利用

(3) 遺伝資源の利用から生ずる利益の公正かつ衡平な配分

注目すべきは、種の保存のために生息域の保全を行なうこと(外来生物に対する措置)。

バイオテクノロジーに関する遺伝子の問題を取り上げていること。

また、原住民の権利と資源の公平な分配に触れていることです。

詳細は、外務省HPをご覧ください

http://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/kankyo/jyoyaku/bio.html#01

昨年話題になったCOP10は、この条約の締約国による会議をさすものです。

改めて、国際間の問題の複雑さが浮き彫りになりました。

生物多様性を考えるとき、この「多様性」に含まれる意味が複数あるために一見ややこしさを感じさせます。

多様性の中に含まれるものとして、

種の多様性・・・色々な種が存在すること

遺伝子の多様性・・・同じ種の中にも、多様な遺伝子が存在すること

生態系の多様性・・・様々な生物が関係しあう環境が多様にあること

環境の多様性・・・森林・草原・河川・干潟・海洋等、生育環境が様々であること

景観の多様性・・・地形と植生の相互作用により、生態系が折り重なってできる地域的なまとまり。山間地域・農村・島嶼等。人の営みによる影響も大きい。

これらの多様性を脅かすものとして、次の三点が挙げられています。

第一の危機―人間活動による生態系の破壊がもたらす種の減少・絶滅

第二の危機―人間の働きかけの減少による影響

第三の危機―外来生物などによる生態系の撹乱 

                              (第三次生物多様性国家戦略による)

一言に自然と言っても、場所や条件によってどうあるべきなのかは違ってきます。

原生状態で推移を見守るもの、自然の状態で現状を維持すべきもの、積極的に人が利用する撹乱によって保たれる環境と、まちまちです。

大切なのはそのひと時ではなく、何年も先を見据え上で人と自然の関わりを考えていくことだと思います。

何気なく動かした石にさえも、環境を大きく揺るがす意味があるのかもしれません。

おごれるものはひさしからず。

自然への敬意を忘れず、良きパートナーとして付き合っていきたいものです。

応援よろしくお願いします

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高尾山GC作戦

久々にインストラクターとしての活動報告です。

気付けば八十八夜・立夏を過ぎ、不順ながらも初夏の訪れを感じる頃になりました。

週末は二日連続で、高尾山・鳩ノ巣に入り、自然を感じることができました。

初日は、高尾山GREEN CLEAN作戦にスタッフとして参加しました。

これは私の所属する森林インストラクター東京会(略称FIT)が行うイベントで、元は内部研修をかねての清掃活動だったものが、一般参加者も募り行うようになったイベントです。

今回は、日影沢から入り植物の観察をしながら城山へ上り、高尾山頂を迂回して1号路を下りながらゴミを拾うコースでした。

春植物・スミレも終わりに近づき、季節の移ろいを感じさせます。

生憎の雨の中でしたが、まさに山滴る瑞々しい新緑を感じることができました。

タマノカンアオイ

Kannaoi

ニョイスミレ

Nyoi

ヨゴレネコノメの種子

Neko

植物の名前や由来を伝えることもそうですが、その形はなぜなのか。

生育環境との関連はあるのか。

他の生物とのつながりとその戦略。

そういった多様性につながる着眼点にも重きを置けたのではないかと思います。

実際、いろいろな名前はその場限りで忘れられてしまうことが多いのかもしれません

そのなかで、自然への疑問・関心などの「気付き」へと導くこと。

感動を通して、身近に自然を感じる事のお手伝いをすること。

インタープリター=通訳者としての役割を少しでも果たせていれば、光栄です。

うってかわって、翌日は森林整備活動。

崩壊地の土留めのために柵作りを行いました。

縦杭を打ち込み、間に半割にした材を渡していきます。

法面と柵との隙間には石を入れ、さらに隙間に土を詰めていきます。

土木作業を全て人力で行うのは、なかなか大変です。

同時に、様々な技術の集大成であり、基本の上に成り立つ作業であることはいうまでもありません。

まだまだ足を引っ張っていますが、少しでも力になれるように携わっていけたらと思います。

応援よろしくお願いします

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みどりの日

なんの捻りもないタイトルですが…

世は大型連休。気候も良くなり、どこかに出かけるにはうってつけです。

私事ながら4月末に引越しがあり、休みとはいえ新居と手続きに掛かりっきりです。

別に罹災した訳ではなく、私情による引越しですのでご心配なく。

震災の余波は色濃くかげを落としていますが、今年は国際森林年であったりします。

これは国連総会によって決議されたもので、世界中の森林の持続可能な経営保全の重要性に対する認識を高めることを目的にするもので、各国に対し積極的な取組や国内委員会の設置が要請されています。

日本も例外ではなく、連休末には「みどりの感謝祭」が例年通り予定されていました。

今年は中止になりましたが…

他にも、様々な取り組みやイベントが予定されており、林野庁HPのイベントスケジュールよりご覧いただけます。

http://www.rinya.maff.go.jp/j/kaigai/2011iyf.html#content_second

では、なぜ今森林なのでしょうか。

森を大切に、とはよく言われますが、実際よくわからないものです。

それは多分、あまりにも広範囲かつ複雑でおまけに目に見えづらいものだからでしょう。

私自身、知り得ることはまだまだ僅かですし、うまくお伝えできるのかわかりません。

ただ、説明するより、素直に感じ分かち合うことならできるのかもしれません。

森林の効用として、水源涵養や土砂流失防備等の機械的なものは良く知られています。

水源税の導入等も進み、直接的に生活の一部となっている例も見られます。

生物多様性に裏打ちされた自然の法則が人々の暮らしを支える生態系サービスという言葉も、徐々に市民権を得つつあります。

子供ですら二酸化炭素削減を口にする今、何が伝えられるのか。

生活から遠ざかってしまった自然との距離をどう取り戻すのか。

震災にあたり、私達は多くの難題を目の当たりにしています。

考えてみれば、あらゆる生物は与えられた条件の中でありのままに暮らし、そこにあるべき環境をあるがままに作り出しています。

自ずから然るから自然。

それ自体に意思はなく、また意味も持ちません。

不幸にして知恵を得た人間が、あれこれと理屈を捏ねているだけなのかもしれません。

食に関わらぬ殺生をするのも、人間くらいなものでしょう。

報復が報復を生む世界。命の繋がり=循環から離れると、同じ種の中でさえ無為な争いが絶えないのでしょうか。

随分話は大きくなりましたが…

ミクロな自宅の片づけから世界規模の問題まで、これまたどこかで繋がっています。

そう、複雑な網目のように。

いわば、自然のもたらす循環の恵みと、人の作り上げた擬似生態系とが複雑に絡み合う世界に、私達は暮らしているのでしょう。

それでも、人は森と共に生きていけると信じています。

戯言になってしまいました。今日はこの辺で。

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