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2011年7月

震災ボランティアTake2-2

お久しぶりです。

スマートフォンに乗り換えてアプリからつぶやいたところ、そのまま日記に載ってしまっていたので整理しました。

いろんなことが次々とあって、消化不良の感が否めないこの頃です。

とりあえず、森林活動の報告がFITのHPに掲載されましたので、そちらからご紹介します。

FIT内部研修 森林塾「森づくり技術講座」  http://bit.ly/qAkcCS

第1回と第2回の様子をリポートしましたので、合わせてご覧ください(日記に変えさせていただきます)。

もう半月前の話ですが、ボランティア報告の続きも書きたいと思います。

もうお忘れの方も多いでしょうから、前回分の記事です→http://bit.ly/oPlXnB

夜明けの北上川。自然はかくも優しく、美しい。あまりにも長閑な光景。

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一度その牙を向けば、脅威そのもの。

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自然に向き合うものとして、身に沁みる光景が広がります。

作業二日目、これまた快晴の中で暑さとの戦いが待っています。

朝早く陽がまだ低いのと、川風との助けがあり、6時入りから8時ぐらいまでは比較的楽に作業できました。

昨日中にヘドロの中から引き上げた諸々を、今度は車の入れる畔まで運びます。

昨日の格闘の成果で、水路はずいぶん綺麗になりました。

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今度は、田んぼのほうです。

本当にありとあらゆるものが流れ着いていました。

これで暮らせるんではないかと言うぐらいに。

返してみれば、それだけのものが失われたのだという事実。

あの日を境に、まだまだ不自由な暮らしを強いられている方々が大勢いるのです。

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時計の針は、止まったまま…

いや、それでも前を向き歩き出す人々のために、ボランティアの存在があるのだと信じて。

今は、目の前の与えられた仕事をこなします。

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大物の撤去が一区切り付き、目に入り始めるのが小さなゴミ。

水田として甦らせるため、土に返らないものは取り除くのが今回の目的。

ビニール・プラスチック・アクリル・アルミニウム。

利便性と引き換えに、何か大切なものを失ったと言われて久しいのですが、改めて目にすると実感が湧きます。

日頃どれだけの、自然に帰ることのできないものを“消費”しているのか。

省みれば偉そうなことを言えた身分ではありませんが、考えさせられる光景です。

仕上げのローラー作戦もほぼ終わりという頃、大地に異変を感じます。

7/10、9:57。三陸沖震源の余震、震度4。カーラジオからの情報を待ちます。

ここはかつての…嫌な想像が頭をよぎります。自分たちの置かれた立場をこれほどまでに実感したことはありませんでした。

結局、津波は30分後に10cmが観測され、警報も発令されずに済みました。

私達のように団体であればともかく、個人参加のボランティアの方も多い被災地において連絡体制はどうなっているのか、ふと疑問が湧きました。

安全管理は自己責任。

一言で言ってしまえばそれまでですが、危険な場所での作業であることは既に証明済みです。

もしもの時の避難指示であり場所でありといったことが当然できているとは思いますが、ボランティアに入る側にもそういった心構えが必要だと痛感するできごとでした。

暑さもあり余震もあり、作業は早上がりとなりました。

立ち寄り湯で汗を流し昼食。

今回の活動は終了です。

応援よろしくお願いします

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震災ボランティア Take2

梅雨もあけ、夏空が恨めしい日が続きます。

日中の暑さに加え、熱帯夜に追い討ちをかける節電の推奨・・・

考えてみれば、昔はエアコンなんて無かったという声も聞きますが、温暖化の影響か以前より気温が上昇しているように思えてなりません。

私はといえば、あいも変わらず流され振り回される日々が続いています。

先日も、再び宮城の被災地を訪れボランティア活動に参加して来ました。

前回同様、大田山の会の皆さんに同行させていただきました。

現場は石巻市、あの大川小学校の対岸、川に程近い田園地帯。

今回は、水田および水路の瓦礫撤去を行いました。

散在する漂着物の収集です。

実際、水田の場合には無機質=土に帰らないものさえ取り除けば、あとは漉き込んでしまうので大丈夫との事です。

とはいえ、地表のヘドロや塩分・硫化水素は、田洗いを数回行って洗い流す必要があります。

さらに、石灰による土壌の中和を行ってようやく植え付けができるとのことで、手間を考えただけでも気の遠くなる話です。

実際の作業は地味そのもので、ひたすら瓦礫を拾い集めては、重機の入れる農道脇へ運ぶ事の繰り返しです。

私は水路への斬り込み部隊に入り、ヘドロの底に埋もれた瓦礫の曳き起こし作業を担当しました。

ぬかるみの中での引き揚げはなかなか大変なものです。

岸から上体を乗り出し、水の中で見えない“何か”を力任せに引っ張ります。

ヘドロが沈積して重くなっているのを落す為に、立てるようにしながら引きずり出します。

屋根にされていたものか、トタンが多く見られました。

その他にも、タイヤ・プリンター・洗濯機のドラム・倒木の根っこ・仮設トイレ・自転車と、あらゆる物が流れ着いていました。

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炎天下の中、ヘドロと錆に塗れながら汗だくになって作業を続けます。

一つ一つ引き揚げるたび、その向こうにある(あったであろう)日常が頭をかすめます。

その都度立ち止まっては、気も滅入るし何より作業が滞ります。

もっとも、猛暑の中そんな余裕も無くなってはいましたが・・・

誰とも無く名づけた我等が「トタン部隊」の仲間達が、気持ちも力も支えあいます。

水路に入り起こす者、そして上で受け取り引き揚げる者。

交代しながら助け合い、その日のうちに引き上げを終えることができました。

二日目に、この泥と錆との格闘を持ち越したくないという強い思いのなせる業でしょう。

田んぼのほうもだいぶ片付いたようです。時々聞こえるチェーンソーの頼もしいエンジン音に、作業の進展を感じていましたが、期待通りでした。

今年一番の暑さといわれた初日を終え、温泉で汗を流して沿岸の被災地の視察へ行きました。

雄勝町から女川へ、リアス式海岸沿いに車は進みます。

時折見える小さな漁港は軒並み壊滅。

かつて栄えていたであろう水産加工場も今は見る影も無く、廃墟と化していました。

惨状に息を詰まらせつつ、改めて自然の驚異を身に刻む思いでした。

ここはどのように復興し、住人の方々はどうなるのだろうか?

今も仮設に入ることも叶わない避難所暮らしの方々はこの夏、さらにその先どうなるのか?

目の前に山積した問題を、白日の下で目の当たりにさせるかのような光景が累々と続きます。

  

反面、日常を取り戻すべく街は復興していきます。

石巻市内に戻りジャスコで買出し、宿営地を目指します。

地元の経済活動への貢献。

大義名分の下、明日の活動へむけ懇親会で英気を養います。

栃木からも労山のメンバーが、同じ現場の仲間として宿営しており、親睦をはかりました。

やがて宴も終わり、日中の疲れと程よい酔いの中、眠りに落ちていきました。

次回へ続く

応援よろしくお願いします

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